 大学卒業後、電気メーカーに営業職として就職した泉敬介先生は、３年間のサラリーマン生活に疑問を感じた。本当にやりたいことは、組織の一部としてではなく、１から最後まで、全てを自分１人で責任を持てる仕事なのだと。その想いが強くなり、泉先生は会社を退職し、税理士を目指すことを決意した。 元々、泉先生のお父様も会計事務所職員として50年以上勤められた方ということもあり、また、そのお父様から「税理士という職業はお客様に喜ばれ、お客様とともに成長できる仕事だ」と聞かされていたこともあり、税理士と言う職業は身近なものであった。 泉先生がお父様に「税理士を目指す」と伝えたら、大変喜んでくれたそうだ。 税理士を目指し会社を退職した時、泉先生は25歳。簿記３級から勉強を始めるという、まったくゼロからのスタートだった。「学費は自分で何とかするので、ご飯だけは食べさせてください」と両親に頭を下げ、夜中のアルバイトで学費を稼ぎながら、朝は８時から夜の８時まで、専門学校の自習室で勉強を続けた。 大変な受験勉強も、やりたいことのためにやっているということで、泉先生は全く苦にならず、むしろ楽しかったそうだ。 こうして、2年間の受験勉強の末、泉先生は見事、税理士４科目に合格。27歳の秋、晴れて会計事務所に就職した泉先生は、サラリーマン時代より交際を続けていた奥様と、結婚の決意をする。泉先生が就職をしたら、結婚をしようと約束していたのだ。 夢のために会社を飛出し、必死に頑張ってきた２年間。泉先生はご両親と奥様の支えがあったからこそ、苦痛に感じることなく税理士試験に向かっていけたのだろう。 泉先生が就職した会計事務所は、泉先生が子供の頃からお父様に聞いて思い描いていたものとは全く違うものだった。 所長先生は60歳を過ぎた方で、古い体質の事務所だった。お客様は事務所に来てもらうもので、電話でお客様に「お世話になっています」というと「お世話をしているんだ」と怒られるような事務所だった。 当時、中小企業診断士も目指して勉強していた泉先生は、現場とお客様の顔を見ながらでないと、その先のコンサルティングはできないと思っていたのだが、所長先生はお客様のところに行くことを許してくれなかった。 思い描いていたものとは全く違う現実に、泉先生は疑問を感じていた。入所４年目で税理士資格も無事取ることができていたので、会計事務所に勤務し始めた５年目に、独立を決意したのだ。 独立したいという気持ちを泉先生は所長先生に伝えた。事務所を泉先生に引き継ごうと考え、それまでかわいがってくれてきた所長先生の落胆ぶりは激しいものがあったそうだ。怒りと悲しさから所長先生は、「暖簾分けは絶対にしない」と、泉先生を怒鳴りつけたのだ。 泉先生も、事務所には迷惑をかけられないと思い、先生についていきたいというお客様を全て断り、ゼロからスタートすることを選択した。 しかし、独立を控えたある時、お客様が事務所にいらして、「先生と泉さんとの間で暖簾分けをする、しないと勝手に決めるな。誰に頼むかは客が決める問題。私は泉さんに頼みたいのだから、君は引き受けるかどうかだけ答えろ」と言って、「長い間お世話になりましたが、うちは泉さんにお願いしたい」と所長先生に頭を下げてくれたのだ。 泉先生はお客様の隣で一緒に頭を下げながら、お客様のありがたい言葉に涙が止まらなかったそうだ。 同様に、独立する泉先生についてきてくれたお客様は全部で６社あった。この時のことを、泉先生は以下のように語ってくれた。
泉先生が独立を通して、以下の２つを学んだそうだ。
そして何よりも大切なことは、「土俵の真ん中で闘うこと」と泉先生は語ってくれた。  平成元年、横浜の若葉町に６坪の事務所を構え、横浜総合事務所はスタートした。泉先生が勤めていた会計事務所からついてきてくれた顧問先６社と、職員１名、顧問料は６社で20万円と、厳しい状況からのスタートだった。事務所経費を支払うとちょうど20万円で、家に持ち帰るお金は一銭も無かったそうだ。 独立と同時期に、第二子が生まれたのに生活費がゼロ。泉先生は、今の状態でどれくらい家計がもつか奥さんに尋ねた。すると奥さんは「貯金が200万円あるから、月20万円あれば家族４人がくらせるので、10ヶ月は食べていけるでしょう」と答えてくれた。 その答えを聞いた泉先生は、10ヶ月で売上を倍の40万円にして、経費を20万円支払い、残り20万円を家計にあてようと『10ヶ月売上倍増計画』を打ち立てた。 そのことを聞きつけたお客様たちが、乳飲み子を抱えた泉先生を助けようと、自分たちの顧問報酬を引き上げ、さらに新しいお客様をどんどんと紹介してくれたのだ。 お客様方の強力なバックアップのおかげで、10ヶ月どころか、わずか３〜４ヶ月で売上は倍増し、開業半年後には顧問先数は４倍近くまでになっていた。 現在は職員数20名、顧問先数300社を抱える同事務所の成長は、泉先生を信じてついてきてくれた顧問先６社の協力なくしては無かったことだろう。泉先生は、当時のことを忘れることなく、いまだに感謝の気持ちを持ち続けている。 ■横浜総合事務所グループの歩み
横浜総合事務所は、平成21年に開業20周年を迎えたが、その間に３回の合併を行ってきた。Ｍ＆Ａではなく、その全てが泉先生を慕っての吸収合併だ。そのうちの１つは他でもない、泉先生がお世話になった会計事務所だった。 泉先生が独立する際、暖簾分けはしないと怒られたが、泉先生にとってはお世話になったただ１人の先生だったので、独立後も盆暮れには先生の自宅に挨拶に赴いた。独立して間もない頃は、玄関前で帰らされることもあったそうだ。しかし、数年が経ち先生から「やはり任せられるのはお前しかいない。事務所を引き継いでくれ」と言われたのだ。  そしてもう１つの事務所は、泉先生のお父様が長年勤め上げた会計事務所だった。しかし、その事務所は高齢者が多くを占める昔ながらの体質の会計事務所で、経営計画に沿って発展成長を目指していた泉先生のスタイルに馴染めず、試行錯誤の上３年後には、半数の職員が退職してしまったそうだ。泉先生が子供のころよりお世話になっていた方ばかりだったので、何とか方針を共有できるよう努力したが、残念ながら難しかった。そして、去っていく職員と共に移っていかれるお客様に対しても、「事務所を選ぶのはお客様の自由」という泉先生のスタンスのもと、快く見送ったのだそうだ。それが泉先生の、せめてもの恩返しだったのだろう。 また、新しいお客様が他の事務所から移られてくる際も、同事務所の名前を前の会計事務所に伝えて欲しいと顧問先にお願いするそうだ。そして、「先生が長年きちんと指導されてこられたお客様ですから、しっかり引き継がせていただきます」と、直接挨拶に出向くこともあるのだ。 逆に、別の事務所へと移られるお客様に対しても、移る理由とその後の会計事務所がはっきりしている場合には、社長の許可を得た上で、手紙などで挨拶を行っている。その内容は、「私どもの努力が足りずお客様にご迷惑をお掛けしました。必要な資料は全て揃え、質問にはいつもでも快くお答えいたします」といったものだ。 これまで移られた先の事務所から、「こんなにきちんとした引継ぎのご挨拶をいただいたのは初めてです。精一杯やらせていただきます」と、丁寧なお返事をいただいたこともある。 顧問先の移動というのは、お互いの事務所にとってあまり気分の良いものではないため、泉先生のようにきちんと挨拶を行う事務所は他には無いだろう。 １人で完結できる仕事がしたいと思い、サラリーマンを辞めて税理士になった泉先生。独立したばかりのころは非常に楽しく、そのころの泉先生の自慢はストレスが全くないことだった。 「やりたいことだけやり、やりたくないことはやらないという感じで、好き勝手にやってきた」 と、当時のことを振り返る。 ところが、10年ぐらいが経ち、独立時には１人だった職員が1人、2人と増えてきた時に泉先生が感じたことは、「１人で好きなことをやっているのはいいが、１人で出来ることには限界がある。だからこそ事務所に人が必要になり、職員が増えてきたのだ。このまま好き勝手にやっているのではなく、できるだけ多くのお客様にサービスを提供していくためには仲間が必要で、真剣に組織を作っていかなければならない」のだと。 泉先生が税理士を目指した理由は、組織の一員として働くことに疑問を感じたからなのに、そんな先生が経営者として組織を作らなければならない状況になった。泉先生の思い描く理想の仕事のスタイルと、事務所が目指すべき姿のために組織作りに取り組まなければならないことには矛盾が生じてしまい、泉先生は真剣に悩んだそうだ。 当時は、有資格者さえ採用すれば何とかなるだろう等、泉先生は組織作りのために様々なことを迷いながら行っていた。そんな泉先生の迷いを職員たちは敏感に感じたのか、事務所内が混乱してしまった時期があった。そして職員が半数近く去っていくこともあったのだという。 その葛藤は、開業10年目に組織作りを行おうと決意してから５年間ぐらい続いたそうだ。泉先生にとっても辛く苦しい５年間だったのだろうが、当時の自信の迷いから事務所内を混乱させてしまったことに対し、職員たちに申し訳なかったと当時のことを振り返る。 その５年間の経験があったからこそ今では、他人から職業を聞かれた時に、税理士でもあるし、ＦＰでもあるが、自分は経営者だと胸を張って言えるようになったのだそうだ。 ■横浜総合事務所グループの歩み
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