一般にリスクとは、その定義として「事態の確からしさとその結果の組み合わせ、又は事態の発生確率とその結果の組み合わせ」とされており、ある状況においては、リスクは「予想との乖離」ともいわれています(JIS Q 2001:リスクマネジメントシステム構築のための指針)。この概念からは、介助行為において予想される結果、すなわち期待との乖離は、介護従事者と利用者双方にとってのリスクとなります。

リスクは、介護施設が目的達成を阻害する要因であると共に、発生するかしないか不明な事象だといえます。よって、介護施設においてどのようなリスクが発生するかを把握するためには、内部あるいは外部要因を整理し、介護施設にとってマイナスの影響を生じさせる事象を発生させる可能性があるか否かについて検討する必要があります。

介護施設におけるリスクマネジメントは、歴史的にみると「利用者の安全な療養生活」に重点を置いた利用者に関するリスクと、施設や組織の運営上のリスクとに区別され、主として前者に関するリスクマネジメントが論じられてきました。
しかし近年、個人情報保護法の制定、制度改正による事業環境の変化(食費・居住費の自己負担、在宅復帰支援機能加算等々)、身体拘束廃止や感染症対策といった社会的ニーズなどが生じてきており、単に「事故処理」と「苦情対応」だけを論じているだけではすまされない時代になりました。

介護保険制度での契約に基づくサービスの利用制度のもとでは、利用者・事業者双方において、お互いの権利・義務関係が明確となり、事業者は利用者に対して契約に基づくサービスを適切に提供することが強く求められるようになりました。
介護施設におけるリスクのうち、とりわけ利用者の権利意識の高揚で、これまでは顕在化しにくかった介護サービスにおける事故に対するリスクマネジメントが要求されるわけですが、一方で施設経営環境は厳しさを増しており、これに投下できる経営資源に限りがあるのも現実です。
よって、介護施設は最低限のコストで最大限の安全と安心を提供しなければならない義務を負っているのであり、形式的なリスクマネジメントへの対応では意義を持たず、そして整備が不十分なリスクマネジメント体制は介護施設にとっての脅威になりかねません。

■介護施設を取り巻くリスク
介護施設を取り巻くリスク

■介護施設を取り巻くリスク
リスク
事  故 利用者の事故 転倒,転落,窓からの転落,ストレッチャーからの転落,介助中の骨折・あざ・出血,原因不明の骨折・あざ・出血,誤飲,異食,薬剤誤飲,薬の誤配,無断外出(徘徊,交通事故,行き倒れ,溺死,凍死等),入居者同士のトラブル(けんか,嫌がらせ,いじめ,暴力,金品被害等),自殺,やけど
職員の事故 利用者の私有物の破損,利用者からの暴力等の被害,交通事故,通勤災害,労災事故(けが,腰痛,頸肩腕症候群,感染症等),針刺し事故,車いす・ストレッチャー等操作ミスによるけが
その他の事故 感染症(結核,レジオネラ,疾癖,MRSA,インフル工ンザ等),食中毒,床ずれ(おむつかぶれ,褥瘡,水泡形成等),脱水(乾燥,高温,空調管理不十分),栄養障害(流動食,嚥下障害,摂食不良),低温やけど,不適切な介護による事故,職員の暴言等による心理的な被害,職員による利用者の金品搾取
災  害 自然災害 地震,噴火,水害,台風,野生動物による被害(ねずみ,熊,猫,犬等),害虫による被害(ゴキブリ,ハエ,蚊等)
人為的事故 停電,断水,ガス漏れ,コンピューターセキュリティ,情報消失
人為的被害 振動,低周波被害,騒音被害,ホコリ・排気ガスによる被害,土壌汚染(ダイオキシン,PCB,カドミウム等),煙,汚物具による被害,煙予防
その他の災害 火災,漏電
経営・運営 法務のリスク リコール(故意・過失の存在),環境汚染(紙おむつ,粗大ゴミ等)
財務のリスク 介護報酬の支払い遅延・保留・返戻,他施設の給付管理ミス,投機的リスク
労務のリスク 職場放棄,労働争議による利用者の介護不在,集団離職,職員の異動による技術の不安定・低レベル化,利用者情報の漏洩,利用者情報の書き換え,守秘義務違反,セクシャルハラスメント,職場内人間関係悪化(いじめ、暴力,疎外等)
政治・経済
・社会
政治的リスク 政権交代による社会福祉施策の変更
介護保険制度をはじめとした制度変革
経済的リスク 金融機関の倒産等による運営資金の停滞
損害保険等の未加入・未払い・契約切れ
社会的リスク プライバシーの侵害
ボイコット

その他

施設関連 老朽化,建物の瑕疵,設備の故障,機械等の整備不良
市場変化,苦情,クレーム対応 ニーズ変化,扶養意識の変化,サービス環境の変化(競合激化,技術の陳腐化,イノベーション,価格破壊等),重要顧客の損失
苦情対応のミス,クレーム対応のミス,初期対応の遅れ


社会福祉法第3条に、福祉サービスの基本理念として「福祉サービスは、個人の尊厳の保持を旨とし、その内容は、福祉サービスの利用者が心身ともに健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するものとして、良質かつ適切なものでなければならない」と規定されています。

介護施設からは、利用者の自立的な生活を重視すればするほど「リスク」は高まるのではないか、と危惧する声も聞こえてきます。しかし、事故を起こさないようにするあまり、極端に管理的になりすぎてしまい、サービスの提供が事業者側の都合により行われるとするならば、人間としての成長、発達の機会や人間としての尊厳を奪うことになり、福祉サービスの基本理念に逆行することになりかねません。

そこで、このように「自由」か「安全」か、という二者択一ではなく、介護サービスにおいては、事故を完全に未然防止するということは困難なもの、と捉えます。
その上で、事故を限りなくゼロにするためにはどうしたらよいか、あるいは、万が一起きてしまった場合に適切な対応を図ることはもとより、同じような事故が再び起こることのないような対策を講じるなど、より積極的な姿勢をもつことが重要であると考えられます。
それには、リスクの識別を前提として、効率的・効果的にリスクマネジメントを実施することが必要です。

組織内に適切なリスクマネジメント体制を構築し、その目的に合致するように適切に機能させていくことが求められます。これによって介護施設の経営品質を向上させ、経営戦略を実現すると共に事業価値を高めることができます。
すなわち、リスクマネジメントは、適切な実施によって介護施設の事業価値のさらなる向上のための取り組みを推進することができます。

また、リスクマネジメントの基本構造は、法的責任、とりわけ過失責任の判断構造に類似していることから、介護施設の法的責任に関するリスク、コンプライアンスリスクの統制のためにリスクマネジメントが有効とされる理由のひとつとして挙げることができます。

■リスクマネジメント導入のメリット
施設全体で体系的マネジメントシステムを構築
目的達成に向けたリスクの許容レベル決定(レベル・資源配分決定)
リスクの対応策決定(許容レベルに応じた対応を選択)
潜在的リスクへの対応(問題発生予測の精度向上、損失発生の低減)
組織全体での取り組みを促進(組織全体への影響を考慮)
総合的対応を可能に(リスク相互の関連性から統合的解決策の策定)
施設の事業価値向上(競争力強化、利用者・家族満足度向上)