「サービスの質の向上」を基本とする介護福祉サービスのリスクマネジメントでは、リスクマネジメント委員会の設置や、ヒヤリ・ハット報告システムの導入等、新たな取り組みが求められることもありますが、現在行われている日常業務を改めて事故防止の観点から再点検、見直しを図ることが特に重要です。特に、個々のサービス実施方法(手順)や使用する福祉機器、施設環境の状態、あるいは職員自身の技術に焦点をあてて検証を行う必要があります。あわせて、取り組みを進めるにあたっては、職員の労働強化につながらないような配慮が求められます。なぜならば、職員に負担を強いるような取り組みでは、継続的な実践が困難となるからです。
以下、これからのサービス提供にあたって求められる新たなサービス管理の視点を示します。これまでにも、これらの視点の重要性は認識され、それぞれの施設においては創意工夫のもとに取り組みが行われてきていると考えられますが、やはり、リスクマネジメントの視点からそれらを検証し、新たな実践を図っていくためには、今までとは違った技術等が求められます。 最近、国際標準の品質マネジメントシステムであるISO9000シリーズの導入に向けた検討を行ったり、実際に認証を受けたという福祉施設も増えている中で、「サービスの標準化」の必要性が指摘されてきています。

「標準化」というと、関係者の間からは「多様な利用者に対してマニュアルに基づいて画一的なサービス提供につながる」といった趣旨の指摘が多く聞かれますが、ここで言う「標準化」とは、組織の目的や使命、あるいは個々の業務に関する手順等についてなされるものであり、一人ひとりの利用者の状態像に着目した個別的なサービス提供は、個別援助計画によってしっかりと行われることが大切です。すべての利用者に同じ内容・手順でサービスを実施することを求めているものではないということに留意が必要です。「標準化」と「個別化」は分けて考えなければなりません。

(1)業務マニュアルによるサービスの「標準化」
■施設ケアの標準化のステップ
施設ケアの標準化のステップ

サービスの標準化を図ることによって、提供されるサービスのばらつきを抑えることができるため、利用者の不満が減少するとともに、無駄な業務手順を省くことができることから業務の効率化にもつながりやすいというメリットがあります。これまでの施設サービスは、各職員の経験と勘によって多くの部分が行われてきたという点を否定することはできません。新人職員の採用や人事異動等による業務のばらつきを抑え、それぞれのサービスを正確にしかも同一のレベルで行われるようにするためにも業務の標準化が望まれます。

リスクマネジメントの観点からは、上記の他、ある業務について、組織として一定のやり方が決まっていれば、万が一にもその業務中に事故が起こった場合、原因を特定しやすく、ただちに、改善に結びつけることができることが期待できます。各職員がそれぞれの経験と勘に頼ってばらばらにやっているのでは、業務の改善はおろか、原因を特定することすら難しいこととなります。

看護の分野では、「看護基準」として各病院がそれぞれ作成して古くから活用されている経過があります。また、最近では「パス法」の導入について、その有効性や必要性も議論されており、業務の「標準化」に向けた取り組みは今でも活発に行われていると言えます。

以下に食事に関する介護マニュアルと、ある特別養護老人ホームが作成している入浴に関する業務基準を例示します。なお、例示については、よい例の一つであり、これらの基準を作成するための参考とし、その際にはそのまま使用するのではなく、個々の施設における職員配置や建物・設備構造の独自性を踏まえたものとなるよう配慮するなどの工夫が必要です。

最近、福祉サービスの分野でもマニュアルの必要性が指摘されています。このように各サービスについて標準的な業務手順を組織として作成して取りまとめることもひとつのマニュアル化であると言えます。このような業務手順(標準)を定めるにあたっては、事故防止の観点から危険の予測と、それに対する注意事項を適宜、手順の中に盛り込んでいくことが非常に重要です。

■食事に関する介護マニュアル(臥床状態で自力摂取ができない人の介助)の一例
介助のポイント 準備する物
利用者の身体状況(咀嚼,消化機能など)や年齢,嗜好を配慮した献立、調理方法にする。
利用者の食べる(飲み込む)ペースにあわせて介助し誤嚥をさせない。
利用者の意見を聞きながら介助する。
介助者のそぶり、言葉使いに注意する。
箸,スプーン,フォーク,ストロー,利用者用エプロン(タオル),おしぼり,枕またはクッション,歯ブラシ,ガーグルベース(看護師などの援助が得られる場合は、吸引器)

食事に関する介護マニュアル

(2)サービスの「個別化」
さまざまな状態像、ニーズをもつ利用者一人ひとりに対しては、組織が定める標準的な方法・手順のみによる画一的なサービス提供で十分ではありません。当然のこととして、提供するサービスの「個別化」が図られる必要があります。
利用者一人ひとりに提供するサービスの「個別化」は、主にアセスメントに基づく介護(援助)計画によって図られるものですが、改めて利用者一人ひとりの状態やニーズにふさわしいサービスが提供できるようなアセスメントや介護(援助)計画の内容となっているかの検証が必要となります。

?アセスメント
サービスの提供にあたって各施設では、それぞれの方法に基づいてサービス提供に必要となる利用者状況等の情報収集を行い、利用者の福祉ニーズを明らかにするというアセスメントを行います。リスクマネジメントの観点からは、この段階で一人ひとりの利用者が有する潜在的・顕在的なリスク(転倒、誤嚥、など)が明らかとなるような情報収集とそれに基づく多職種によるアセスメントが望まれます。なお、これまでの転倒歴や誤嚥歴等を把握しておくことは当然のことと考えられます。
そして、このアセスメントの段階で、明らかになったリスクに対してどのような対応を施設がとりうるかを検討しておくことが必要です。


?個別援助計画
アセスメントの結果に基づいて、利用者一人ひとりに対する個別援助計画を作成します。特に個別援助計画は、1人の利用者にさまざまな職員が関わることを想定して、より個別・具体的な記述を図り、職員間で共有化できるようにしておくことが強く求められます。関わる職員によっては、その利用者の特性やサービス提供時の留意点を十分に知っていなかったがために発生した事故も少なくありません。前述の「標準化」とは違った観点から、どの職員がサービスを提供しても利用者一人ひとりに対するサービスのばらつきを抑えるために、この個別援助計画は重要なものであると言えます。

さて、リスクマネジメントの観点から特に個別援助計画に求められることは、下記の2点が重要です。

アセスメントの結果に基づき、その利用者の潜在的・顕在的リスクが明示されていること
それらのリスクを回避するために、施設としてどのようなサービスを提供していくかが明らかになっていること

また、計画はできるかぎり具体的に記載されていることも必要です。例えば、入浴時の脱衣については「一部介助」「注意する」といった記述だけが見られる計画もありますが、それだけでは何をどの程度一部介助するのか、何に注意したらよいのかが不明確であるため、リスクマネジメントの観点からも望ましいものとは言えません。

課題分析標準項目によるアセスメント情報
【事例A 基本情報に関する項目(施設入所利用者)】

  標準項目名 項目の主な内容(例) 状 況
基本情報(受付,利用者等基本情報) 受付日時
受付対応者
受付方法
氏名
性別
生年月日
住所電話・連絡先
家族等
平成11年2月1日
生活相談員
来所
A

大正3年
K市000−0000
複合(2世代世帯)
生活状況 現在の生活状況

生活歴
老人保健施設を利用中
痴呆症状が進行し,退所後の在宅生活が難しい。25歳時に結婚,3子をもうける
主婦として生活,外で仕事をした経験はない。信仰心が篤い
次男宅での生活から,長男宅に転入してから閉じこもりがちになり,デイサービスを利用したが,その後徘徊が激しくなり,自宅での介護が困難になる
利用者の被保険者情報 介護保険
医療保険
生活保護
身体障害者手帳の有無
K市(住所地特例)
国民健康保険本人
×
×
現在利用している
サービスの状況
介護保険
介護保険以外
介護老人福祉施設(特養入所)
平成11年6月1日入所
障害老人の
日常生活自立度
J1・2,Al・2,B1・2,C1・2 B−2
認知症老人の
日常生活自立度
場J,場Ka・b,場La・b,場M,M 場M
主訴 主訴や要望 本人は,痴呆症が重度のため,意思確認が難しい。家族は,在宅での介護が困難であり,継続して施設入所を希望している
認定情報 要介護状態区分
審査会意見
支給限度額
要介護状態区分 場N
×
×
課題分析
(アセスメント)理由
初回,定期,退院退所時等 抑制廃止に向けての取り組みのため
10

健康状態

既往歴
主傷
病症状
痛み等

糖尿病,気管支炎,貧血,老人性痴呆症,便秘(緩下剤を常用しているため,軟便の状態)。本人は具体的に不調を訴えられない。血糖値のコントロールはできている(要モニタリング)

11 ADL 寝返り
起き上がり
移乗
歩行


着脱衣
入浴
排泄 等
自力で可能
つかまらなくても可能
一部介助
介助にて可能(移動に関しては,歩行不安定,危険の認知能力,回避能力に乏しく,非常にリスクが高い)
広範囲の介助が必要
介助入浴
日中はトイレ誘導,夜間はおむつを使用(トイレ誘導は,介護者が離れると転倒の危険があり,排泄介助中はその場を離れず,見守りが必要)
12 IADL 調理
掃除
買物
金銭管理
服薬状況 等
できない
できない
できない
できない(施設で管理)
自己管理できず全介助(グリミクロン1錠,グラマリール502錠)
13 認知 意思決定の為の認知能力 認知症のため,周囲をどのように認知しているか判断できない
14 コミュニケーション能力 意思の伝達
視力

聴力 等
自分の意思を伝えられない
視野狭窄,白内障等があるが,日常生活に支障はない
やや難聴,左側の耳が聞こえにくいが,日常生活に特に支障はない
15 社会とのかかわり 社会的活動への参加意欲
社会とのかかわりの変化


喪失感,孤独感
周囲の状況に興味を示さず,無関心であるように見受けられる
終始独語があり,関わると,簡単な会話はできる
喪失感,孤独感はわからない
16 排尿,排便 失禁の状況
排尿排泄後の後始末
コントロール方法
頻度
常に尿失禁があり
下着の上げ下ろし,後始末は全介助
3日間排便がなければ緩下剤投与
排便は3日に1回,排尿間隔は把握困難
17 褥瘡,皮膚の問題 褥瘡の程度
皮膚の清潔状況等
皮膚疾患は特に今のところない
18 口腔衛生
口腔内の状態
口腔衛生
現在,義歯を使用していない
口腔内の状態は良好
ガーゼで清拭
19 食事摂取 栄養
食事回数
水分量等
1400〜1600Kcal(間食含む)
3食/日(及び間食1回)
1.5L摂取を目標に介助
20 問題行動 暴言暴行
俳個
介護の抵抗
収集癖
火の不始末
不潔行為
異食行動 等
×
時々帰宅願望で徘徊あり
抑制時には介護に抵抗あり
×
×
×
×
昼夜逆転することが多く,睡眠のコントロールが難しい。夜間せん妄が出現する
21 介護力 介護者の有無
介護者の介護意思
介護負担
主な介護者の情報
施設での介護

不意の立ち上がりが見られ,転倒の危険性が大きい
22 居住環境 住宅改修の必要性
危険箇所
現在の居住環境
ベッドを使用(スタンダード)
転落予防のために床にマットを敷いている
23 特別な状況 虐待
ターミナルケア 等
施設でのターミナルケアを希望している

■その他の特記事項
  状況等
24 抑制の経過:
入所時より帰宅願望が強く出るときに,徘徊行動と不意の立ち上力くりがみられ,歩行が不安定で転倒のリスクが高い。予防的に向精神薬を投与したところ、副作用が強く出たためたびたび投薬内容を変更。睡眠,排泄のリズムが把握困難になる。しばらく向精神薬が昼間も残っているような状態で徘徊するため,頻回に転倒するようになった。そのため、車いすによる離床を行う場合に,Y字型抑制帯を使用する。また,ベッドに着床する際には,サイドレールを4本,転落予防のために使用する。抑制に対する抵抗が激しく,援助,介助が円滑におこなえなくなる。
抑制帯を外す過程で,新たな抑制であるヘッドギアを転倒時のダメージを軽減するために使用。
最後まで外せなかったケースである。
(1)OJT(職場内教育、業務を通しての人材育成)
作成した業務マニュアルを活用してその内容を広く周知する等、独自の職場内研修の実施が必要です。現在のところ、多くの介護施設で事故防止に向けた職場内研修を実施していますが、実際の内容を見てみると、職員会議やミーティングで必要に応じて施設長等から話をしているといった内容の他、年に1回の救急救命の実技を実施ということが中心となっており、果たしてこれで十分と言えるかどうかについては議論の余地があります。今後は、特にリスクマネジメントの観点からの継続的・定期的かつ計画的な職場内研修が必要となり、その内容も講義形式だけではなく、実技を取り入れたものや、職員同士が話し合って業務遂行上の危険を明らかにしたり、それらの対応策を互いに考えるなど、内容にも配慮していく必要があります。

(2)QC活動
一般企業では、品質管理のために現場の知恵や意見を活用する方策としてQC活動に取り組んでいます。介護施設においても「サービスの質の向上」の観点からQC活動は有効な手法のひとつと言えます。具体的な進め方については、すでにいくつかの参考文献も見られるので、それらを参照して下さい。ただし、すでにQC活動を実践している施設の例からは「活動の成果を発表するということが目的になってしまうことがある」「事務職や看護職、管理的業務者が活動に入りにくい」といった課題も提起されているので、十分な注意が必要です。

(3)取り組みの周知徹底
リスクマネジメントの取り組みを組織全体で推進していくためには、その取り組み方針や方策をすべての職員に周知する必要があります。具体的な周知方法としては、職員会議等で周知を図るといった方法が一般的ですが、より効果的なものとして防止月間や標語の設定、ポスターの作成・掲示による啓発、講演会の開催などが考えられます。講演会も単に実施すれば良いということではなく、全職員が聞く必要もあることから、勤務割によって聞けない職員に対してはテープおこししたものを配布して周知したり、同じ内容で回数を重ねて開催するといった工夫も望まれます。

また、ある大学病院では、白衣のポケットに入るぐらいの大きさのマニュアル集を全職員に配ってそれを常に携帯させ、活用を促しているという取り組みも見られます。