サービスの質を上げる業務マニュアル作成ポイント -　医療・福祉ソリューションナビ

事業所における業務・サービスは、基本的には、どの職員が担当しても同じ方法、同じ内容で行われ、その目的が確実に達成されなければなりません。
ただし、マニュアルに基づいた業務を行うということは、決して画一的な業務を押しつけることではありません。
利用者一人ひとりのニーズに応えていくという視点では、個別に配慮をすることが前提となるからです。
ただし、誤ってはいけないのは、利用者のためと言いながら、職員一人ひとりが自身の勝手な判断で業務・サービスを行うような場合です。あくまでの基本ルール（手順）で業務・サービスを行うのが前提になるからです。基本を忠実に守りつつ、個別の判断に対応していくのが正しい業務の進め方であると言えます。
しかし、マニュアルがない、もしくはマニュアルがあっても活用できていないというケースにおいては、職員が個別に判断せざる得なくなってしまいます。このような状況を避けるためにも、必要なマニュアルを整備し、かつ活用していなかければなりません。
もし、マニュアルが整備されており、そのマニュアルに決められた正しい手順で業務・サービスを行ったときに、事故が発生してしまった場合において、その担当職員の行為を保証し、事業所としてその職員を守ることにもつながります。
ですから、マニュアルの作成は、業務を標準化させるだけでなく、リスクマネジメントの視点においても重要なものとなります。

（１）社会福祉事業所におけるリスクマネジメントの取組みの現状
社会福祉事業所において、防げるはずの事故やトラブルを予防することは、利用者サービスの質の確保という観点において大変重要です。
しかしながら、リスクマネジメントの取組みやそのノウハウが十分に共有・蓄積されていない事業所も見られます。
リスクマネジメントの取組みを進めていくには、サービス提供等の業務の中で想定される事故等のリスクを洗い出し、それがどのような場面で起きやすいのか、これまでに同様の事故等がどれだけの頻度で発生しているのか、どのような結果を引き起こしたのかなどを正しく分析・評価することが必要となります。
その上で、リスクの発生や影響を最小限のものにするために、マニュアルを作成して、業務の手順や事故が発生した場合の適切な処理手段を、あらかじめ計画し、準備しておくことが求められます。

（２）社会福祉事業所の特性
社会福祉事業所は、利用者が安心してサービスを受けることができる場所でなければなりません。
例えば、介護事業所において、高齢者の多くは身体的機能および認知的機能の低下により、転倒等のリスクが高くなります。
高齢者の生活そのものにこのようなリスクがあり、転倒防止のために自由な歩行を制限するといった対策は、自立した尊厳ある生活を送るというケアの趣旨とは相容れないものです。
転倒させないための拘束ではなく、転倒しても怪我をしない被害の最小化が重要なのです。このように、事業所においては全ての事故をゼロにすることは現実的ではありません。
一方、職員によるサービスの提供過程で発生する事故は発生させてはならない事故です。これらに対しては、事業所・設備面の改善、手順の見直し、ケア・支援技術の向上といった方策により、根絶を目指すことが必要です。
その他にも社会福祉事業所の特性としては、高い離職率により職員が交代することにより、業務・サービスレベルの維持が困難であることや、シフトワークのため教育研修などの集まりが困難といった点が挙げられます。
こういった社会福祉事業所の実態や事故の特性を踏まえた上で具体的な取組みを考えていく必要があります。

（３）リスクマネジメントの位置づけと予防の重要性
社会福祉事業所におけるリスクマネジメントとは、新しい取組を求めるものではありません。
従来から各事業所で行われている事故予防のための個々の取組みに基づいて、リスク（利用者またはその家族に被害を与えてしまう事象）を捉え、これをマネジメントしていくための活動と位置づけることができます。
リスクを予防するためには、例えば、事故報告の仕組みづくりや安全管理委員会の開催といった事故予防に直接関連する体制づくりばかりでなく、体系的な職員教育、人事査定・評価、労務管理、設備投資などといった各種の組織におけるマネジメント活動も進めていくことが必要です。
リスクマネジメント活動を進めていくためには、組織全体の取組みを認識した上で、リスクマネジメントの位置づけを明確にすることが重要です。
個々の職員や組織がリスクを意識した活動を持続的かつ発展的に行うことによって、事業所として利用者・家族へのより質の高いサービスを提供することが可能となります。

（１）必要なマニュアルを体系化させる
マニュアル作成の究極的な目的は、「経営効率の向上と顧客満足度の向上に貢献すること」といえます。
マニュアルを活用してこの目的を達成するには、「課題解決とノウハウ集約」という具体的な目標をもってマニュアルの作成を進めなければなりません。
「課題解決とノウハウ集約」を正しくマニュアルに盛り込めれば、マニュアル化によって現状の業務・サービスの質を向上させ、職員の生産性を向上させることができます。
事業所には、様々なマニュアルが作成されていますが、それらのマニュアルが業務に活かされているかどうかがポイントになります。
下記に福祉施設における必要な規程、マニュアル類を体系的に示しました。
業務運営上必須の規程、マニュアルも含まれておりますが、不足しているマニュアルがあれば今後、整備しておくことが望ましいと言えます。

■福祉事業所における規程、マニュアル体系

（２）マニュアル整備における５つのポイント
マニュアルの作成には、リスクマネジメントやトラブル防止という受け身の目的だけではなく、仕事そのものの効率を向上させるという目的もあります。
仕事のやり方を標準化することで生産性を上げる点にこそ業務マニュアルの本来の狙いがあるといっても過言ではありません。
マニュアル整備においては、下記に示す５つのポイントに留意して整備することが望まれます。

■マニュアルは生産性を高めるためのマネジメント・ツール

■マニュアルは生産性を高めるためのマネジメント・ツール

①	原則として必ず実施するべきこと、職員全員が守らなければいけないことを、明瞭に記載します。
②	個別ケースごとに必要となる留意事項はすべて統一することはできず、標準化になじまない面があります。共通的な標準化された手順を基本とした上で、利用者ごとに必要となる留意事項は個別のプランに反映し、職員間で共有します。
③	マニュアルに記載された内容が、確実に適切なケアの実践に結びつくよう周知し、研修を実施します。
④	実際にマニュアルに沿った業務を行い、必要に応じて見直すための仕組みを整える必要があります。
⑤	サービスの質の向上を目指す意識が職員一人ひとりに浸透し、絶えず実態に応じて現場による自発的なカスタマイズや改善が行われなくてはなりません。

（１）５つの段階ごとに分けてマニュアル整備を検討する
業務に関するマニュアルや手順書など、全く何も作成されていない事業所は、ほとんどないと思われます。
ただし、網羅性で捉えると、ある業務については、マニュアルが作成されているものの、他の業務については、明文化されたマニュアルがないまま慣習によって業務が行われているケースも見られます。
そのような状態を放置すると、職員退職や異動によって、後任職員にうまく引き継ぎがされず、やるべき業務が放置されたり、欠落し、リスクが発生する可能が高くなったりします。
そのような状況にならないために、原則、やるべき業務については、マニュアルを整備することが望まれます。
下記に、業務マニュアルの整備段階を5段階で整理しております。貴法人のレベルチェックを行い、不足している項目があれば、見直しを行い、レベルアップを図っていただきたいと思います。

■マニュアル整備状況（５段階）

段階	状態	具体例
レベル1	マニュアルが整備されていない	●マニュアルが整備されていない ●施設の実態に即したマニュアルになっていない（汎用テキストをそのまま使うなど） ●マニュアルの存在が周知されていない
レベル2	マニュアルが整備されている	●施設の実態に即した具体的なマニュアルが整備されている ●マニュアルの内容が周知されている ●マニュアルが誰でも必要なときに参照できるように備えられている
レベル3	マニュアルが確実に周知され、活用されている	●マニュアルに基づく教育・研修が実施されている ●日常のケアや業務の中でマニュアルが活用され、実践されている
レベル4	マニュアル見直しの仕組みがある	●マニュアルを見直すための手順が明確化されている ●定期的に現場におけるケアの実態を反映した見直しが行われている ●マニュアルの記載内容の妥当性の確認や効果の評価が行われている
レベル5	現場による自発的なマニュアルの改善がなされている	●現場から、随時、自発的な手順の改善提案がある ●現場の改善提案を組織として取り込み、共有する仕組みがある ●積極的に情報収集し、新たな知見を手順書に反映している

■マニュアル整備状況自己チェック表

レベル	レベル別診断項目		チェック	自己評価コメント（具体的な活動や取組み）
レベル2	・	具体的なマニュアルが整備されている
	・	マニュアルの内容が周知されている
	・	マニュアルが誰でも必要なときに参照できる
レベル3	・	マニュアルを活用した指導が行われている
	・	新人研修においてマニュアルが活用されている
	・	マニュアルの内容が周知され、職員一人ひとりが活用している
レベル4	・	マニュアルを定期的に見直す仕組みがある
	・	現場の実態を反映した見直しが行われている
	・	マニュアル記載内容の妥当性や効果の評価を行っている
レベル5	・	現場から、随時、自発的な改善提案が出てくる
	・	現場の改善提案を組織として取り込み、共有する仕組みがある
	・	積極的に情報収集し、新たな知見をマニュアルに反映させている

※レベル2のチェック項目を満たすことができない場合には、レベル1と評価

（２）５つの段階ごとに分けてマニュアル整備を検討する
①レベル１⇒レベル２
マニュアルは、サービスの基本的な部分について、誰でも同じ方法で同じ内容のサービスを提供できるよう、標準的なやり方を定めてわかりやすく示したものです。
内容には以下のようなものが含まれます。

■マニュアルに含まれる内容例（介護施設例）

各種のケアの手順	事故発生時の対応	事故防止の考え方と体制
・移動・移乗介助、食事介助、排泄介助、入浴介助等各種のケアの手順・救急救命、認知症対応など	・発生時の対応フロー・利用者本人への対応・家族への対応・外部への対応など	・委員会の設置・事故報告制度・事故報告の書き方・事例分析の手法など

■マニュアル作成における留意点

①	一般のテキストやマニュアルなどを参考にしながら、施設の実態や特性に即した事業所独自のマニュアルを作成する。
②	基本的な知識や事故時の対応、及び各種のサービスの実践方法までマニュアルのテーマは多岐にわたっており、マニュアル全体の体系を整理し、各業務については、業務フロー図を作成する。
③	部門ごとに役割分担を行い作成する。
④	読みやすさ、わかりやすさに配慮して、図や写真なども活用する。また現場での使いやすさに配慮して、簡潔に整理する。

②レベル２⇒レベル３
マニュアルを周知し、マニュアルに沿ったケアを徹底するためには、作成して配布するだけでなく、効果的な研修を行う必要があります。
開催時間や回数等を工夫し、参加しやすい配慮をする必要があります。

■マニュアル活用における留意点

①	職員採用時の研修テキストとして活用するほか、定期的に、あるいはマニュアル改訂のタイミングに合わせて職員全体を対象とした研修会を開催する。
②	マニュアルに示された内容は単に知識として覚えるものではなく、日常のサービスで実践的に活用することが重要であることを伝えていく。
③	講義だけではなく、マニュアルに準じた実技指導により確実に習得できるよう指導する。

③レベル３⇒レベル４
マニュアルに書かれた内容が確実に現場で実践されるためには、マニュアルが事業所や利用者の実態、現場の環境に即した実行可能な内容になっているかを常に確認する必要があります。
また、記載内容が正しく遵守されているかどうかを業務の中でチェックするとともに、定期的な機会を設けて自己確認、相互確認を行います。

■マニュアル見直し時における留意点

①	実態に合わない部分、実行不可能な部分があれば、実態を前提としたものに改訂する。
②	そのためには、マニュアルの実践においてやりにくさを感じた場面や、実行できない場面があった場合には、その都度、報告、提案をするか、記録しておき一定期間ごとにまとめて見直しを行う。
③	事故やヒヤリハットの報告があった場合には、その発生の原因として、サービスの手順に問題はなかったか、マニュアルに不足がないかを検証する。
④	マニュアル見直しの提案はいつでも誰からでもできるような仕組みを導入する。（例えば、手順書のページにメモ欄を設け、気づいたことを記入できるようにしておき、定期的に回収して検討していく）

④レベル４⇒レベル５
マニュアルは現場で活用するものです。マニュアルに対する現場からの自発的な提案を積極的に取り入れる仕組みをつくることが重要です。
記載された内容の過不足のみではなく、説明のわかりやすさ、ケア場面での活用しやすさ、関係者間での共有のしやすさなど、現場の工夫を取り入れて、事業所内に周知します。
また、外部研修参加や他の事業所の取組み事例など積極的な情報収集により、サービス内容や技術に関する新たな知見を取り入れる努力を継続的に行い、新しい業務、サービスについてはマニュアルを追加していきます。

⑤レベル４⇒レベル５
さらなる向上のための方策として、使いやすく、解りやすい優れたマニュアルが整備され、見直しの仕組みが機能していても、現状に満足せず、さらなる向上のための努力を続けましょう。現場で蓄積された知見やノウハウの詰まったマニュアルは事業所の財産となります。職員一人ひとりが、「与えられたもの」ではなく、「自分たちの手で作り上げたもの」「実践を蓄積して磨き上げていくもの」としてマニュアルを身近に感じ、愛着と誇りを持てるものとなるように、事業所から職員に働きかけを続けることが重要です。