病医院における労務トラブル防止対策 -　医療・福祉経営改善ナビ

近年、病医院の人事管理の手法として、配転以上に出向・転籍が活用されています。しかし、「よくある条文」のように配転と同レベルで考えているケースがまだまだ多いのではないでしょうか。病医院内の人事異動である配転の場合には、当該労働者について職種や勤務地を限定する約定が成立していない限り、事業主には原則として配転命令権が認められます。これに対して、病医院間の人事異動である出向・転籍の場合には、労務提供の相手方が変更されるわけですから、たとえ子病医院や密接な関連病医院との間で行われるものであっても、就業規則上の根拠規定や、採用時における同意等がない限りは、出向・転籍を命令することは難しいと言えます。従って、就業規則に出向・転籍に関する条文を必ず盛り込むようにしなければなりません。

民法第625条第１項には、「使用者は労働者の承諾を得なければ、使用者としての権利を第三者に譲渡できない」と定められています。この規定は出向・転籍にも適用されるため、病医院が出向・転籍を命じるには、労働者の同意が必要になります。ただし、出向元病医院の従業員としての身分を保持したままの異動である「出向」については、必ずしも個別の同意を得なくても、包括的な同意があれば従業員を出向させることが可能であるとされています(転籍の場合は必ず同意が必要)。従って就業規則等で出向について規定しておけば、包括的同意がなされているという事で従業員は出向命令に応じる義務があることになります。

出向時に一番気になるのは今よりも労働条件が低下するかどうかでしょう。出向すると労働時間や休日、休憩などは出向先の就業規則に従うことになりますが、子病医院への出向の場合などはこれらの労働条件が低下することがよくあります。この場合、出向後にトラブルとならないように事前に文書でその労働条件を明示することが必要です。なお、入社時の就業規則に対する包括的な同意があれば、多少の労働条件の低下は同意きれているものと見なすことができますが、その低下があまりにも大きい場合は、出向元の病医院が何らかの補填をする必要も出てきます。場合によっては出向・転籍の命令があること、および原則として転籍を除いてはそれらを拒むことができないことを就業規則に明記する必要があります。事例にある初歩的なトラブルは、これだけで防止できます。次に出向の諸条件を定めなくてはなりません。頻繁に出向がある場合には、別条文あるいは出向規程などでその諸条件を明記する方が望ましいのですが、そうでない場合は個別に定めるとした方が運用面で現実的です。そして本人の意向を聞くという条文を入れることで、病医院が一方的にすべてを決めるつもりではないことをアピールできます。

【出向・転籍の規定例】

第○条	病医院は業務上の必要がある場合は、配置転換、転勤、または従事する職務内容の変更、若しくは関連病医院などへの出向または転籍を命じることがある。
２	前項の命令を受けた従業員は、正当な理由なくこれを拒むことはできない。
３	前項の規程にかかわらず、転籍を命ずる場合には原則として本人の同意を得るものとする。
４	病医院または出向または転籍を命ずるに際し、その出向・転籍先での労働条件などについては本人の意向を聞き、個別に定めるものとする。