病医院における労務トラブル防止対策 -　医療・福祉経営改善ナビ

退職には大きく分けて次の３種類があります。

①	病医院と職員との間で退職の合意が成立した場合
②	職員からの一方的な辞職による場合
③	一定の事由を退職理由と定めていて、当該事由が発生した場合（たとえば休職期間満了による退職、定年退職など）

です。

①と②に関しては、どちらも退職に関する本人の意思表示が必要です。所定の退職届でなくとも、書き置きでも、もちろん口頭でもかまいません。はっきり「退職します」という言い方でなくとも、上司に挨拶していなくなったという事情があれば、そこから退職の意思が読み取れる場合があるかもしれません。

しかし書き置きも挨拶もなく突然、いなくなったということでは、本人の退職の意思表示があったとはいえませんから、法的には退職が成立する余地がありません。そのため退職として処理することはできないことになります。ただし③の例として、たとえば「従業員が失踪して、一カ月以上連絡がとれなかったとき」を退職事由として定めてあれば別です。定められた期間があまりに短期間であれば問題ですが、そうでないかぎり、このような規定も有効であると考えます。したがってそのような形で退職事由が定められていれば、本人の退職の意思表示がなくとも、一定期間経過により退職が有効に成立します。

私生活上の事由であっても、病医院の信用や職場秩序を損ない、業務の円滑な運営に支障を生ずる場合には、懲戒事由とすることができます。しかし本件のような場合、病医院運営にどれだけ支障があったかは疑問です。

たとえば繁機工設備事件（旭川地裁平成元年12月27日判決・労働経済判例速報1387号）は、社内不倫を理由とする懲戒解雇が無効とされた例です。裁判所は、就業規則所定の懲戒事由である「職場の風紀・秩序を乱した」というのは会社運営に具体的な影響を与えるものに限るべきであるとしました。もちろん使用者としては会社運営に影響があると主張し、得意先からも苦情があったなどのさまざまな事情もあげましたが、裁判所は、２人の交際が懲戒事由に該当するということはできないとしています。

この判例に照らすと、本件で私生活上の問題を理由に懲戒解雇できるか否かは微妙といってよいでしょう。ただし、なにしろ出勤していませんので、「無断欠勤」が懲戒解雇事由になることは間違いありません。

懲戒解雇事由として、「２週間以上の無断欠勤」などが定められていれば、懲戒解雇事由に該当することは明らかです。問題は、懲戒解雇の手続きです。民法97条は、意思表示はその通知が相手方に到達したときに効力を生ずるとしています。したがって職員に対する懲戒解雇の通知も、本人に到達しないかぎり法的な効力は生じません。

「到達」したか否かは、了知しえたかどうか、つまり知りうる状態におかれたといえるかどうかから判断されますので、郵便が届いたときにたまたま本人が旅行中であっても差し支えありません。また夫の不在を理由に妻が郵便物の受領を拒否しても、夫が単に不在がちだったにすぎない場合には、到達があったとされます。しかし失踪して行方も知れないというのであれば、特別の事情でもないかぎり、解雇の意思表示が到達したということは困難でしょう。そこで厳格に手続きを踏むとすれば、簡易裁判所に対して公示送達（民法九八条）の手続きをとらなければなりません。

もっとも実際には、厳格な手続きをとることなくご家族とも相談のうえ、解雇したものとして取り扱ったり、退職扱いとして処理している例も多いようです。もとより前述のとおり、法的に有効とはいいがたく、退職金を支給した場合には、退職金の直接払いの原則（労基法二四条）違反の問題も生じますが、家族から、病医院には一切迷惑をかけないなどといった念書をとって処理している例も多いのではないでしょうか。

地方公務員に関する判例ですが、兵庫県社土木事務所事件（最高裁平成11年７月15日判決・労働判例765号、大阪高裁平成８年11月26日判決・判例時報1609号）の例があります。

事案は、多額の借金を抱え失踪した県職員を、約２カ月後に無断欠勤を理由に懲戒免職にし、妻に処分通知書を渡すとともに、県公報に載せ、これを失踪前の住所に郵送したというものです。本人は平成３年に出奔し以後、生死不明ですが、不在者財産管理人が選任されました。不在者財産管理人は、利害関係人または検察官の請求により家庭裁判所において選任され、不在者の財産の管理にあたります（民法25条ないし29条）。不在者財産管理人は、懲戒免職処分は失踪した職員に通知されていないので無効であり、したがって定年まで在職したものとして退職金が支払われるべきであると主張しました。

高裁は、留守宅に通知書を郵送しても２カ月以上前に住所地を出奔し、生死・所在とも不明になっていた以上、一時的な外出・旅行の場合と異なり、これをもって処分を知りうる状態におかれたということはできないとしました。また公示送達の手続きをとっていないこと、県公報に掲載されたことをもって、通知があったとする法的根拠もないことなどから、当該職員が平成５年の定年まで在職したものと認定して、定年退職金に相当する2,013万円余りの支払いを命じました。

これに対して最高裁は、県が所在不明となった職員に対する懲戒免職処分の手続きについて、従前から今回同様に、家族への通知および公報への掲載という方法で行なってきたことから、失踪した職員も、自分について同じ手続きで懲戒免職処分がされることを十分に了知しえたものというのが相当であるから、出奔から約２カ月後に当該方法によってされた本件懲戒免職処分は効力を生じたものというべきであるとして、事件を高裁に差し戻しました。しかし、これが民間病医院であったなら、家族への通知や社内報に載せただけでは効力が認められないのはいうまでもありません。

たとえば商法224条は株主への通知について、株主名簿記載の住所に通知すれば通常到達すべかりしときに到達したものとみなすと定めています。同様の規定を就業規則においておけば、届け出住所への発送をもって解雇通知が到達したということができるでしょうか。公示送達の手続きをしても、本人が実際に通知を受領するわけではありませんから、このような規定をおいたからといって、従業員の地位がことさら不安定になるとか、不利益を被ることもないと思われます。前記の最高裁判例はこのような規定について判断したものではありませんが、就業規則などに、失踪のため無断欠勤が続く場合の取扱いを明示してこれを周知徹底しておけば、その方法により懲戒解雇がなされることは十分了知しえたものということができますから、前記判例の趣旨に照らすと、このような方法による懲戒解雇も可能ではないかと考えます。