労働基準法32条は、使用者は労働者に１週間について40時間、１日について８時間を超えて労働させてはならない旨を定めています。この法定労働時間を超えて時間外労働をさせるためには、労基法36条に定める労使協定（36協定）を締結し、これを労基署に届け出ることが必要です。

しかし36協定は、これがあればその範囲内で時間外労働をさせても労基法違反にならないという意味をもつものにすぎず、36協定を根拠に労働者に時間外労働を義務づけることはできません。36協定は時間外労働を命ずるために必要なものですが、これだけで十分というものではありません。そこで労働者に時間外労働の義務が発生するためには、36協定のほかに、労働契約において時間外労働を義務づける根拠のあることが必要となります。

かつては36協定の締結・届け出があり、かつ労働者が個別に同意した場合のみ、時間外労働をさせることができるとした判例がありました（明治乳業事件＝東京地裁昭和44年５月31日判決・労働関係民事裁判例集20巻３号）。この判例の考え方では、労働者が時間外労働を拒否する場合（同意しない場合）には結局、時間外労働を命じることができません。

しかし平成３年11月28日の最高裁判決（日立製作所武蔵工場事件＝労働判例594号）は、次のとおり、時間外労働のたびに個別具体的な同意を必要とするものではなく、就業規則の規定を根拠とする包括的合意があれば足りるとの立場を示しました。

まず時間外労働の問題に限らず、就業規則の定める内容に合理性があれば、その規定内容は労働契約の内容となるとするのが、就業規則の法的性質に関する最高裁の基本的な考え方です（秋北バス事件＝最高裁昭和43年12月25日判決・最高裁判所民事判例集22巻13号、帯広電報電話局事件＝最高裁昭和61年３月13日判決・労働判例470号）。そこで、 �―�業規則に時間外労働を義務づける規定があり �△海譴�合理性を有するかぎりは、労働契約の内容として労働者には時間外労働の義務 があります。要するに、使用者は就業規則の規定を根拠に労働者に時間外労働を命ずることができ、労働者がこれを拒否した場合は業務命令違反となります。


前掲の日立製作所の事案では、就業規則には「業務上の都合によりやむをえない場合には、36協定により時間外労働を命ずることがある」旨の定めがあり、36協定において、時間外労働を命ずる場合について、

�� 納期に完納しないと重大な支障を起こすおそれのある場合
��
 賃金締め切りの切迫による賃金計算または棚卸し、検収・支払いなどに関する業務ならびにこれに関する業務
�� 配管、配線工事などのため所定時間内に作業することが困難な場合
�� 設備機械類の移動、修理などの場合
�� 生産目標達成のため必要のある場合
�� 業務の内容によりやむをえない場合
�� その他前各号に準ずる理由のある場合を定めたうえ、月四十時間を上限とすること、緊急やむをえない事情からこれを超える場合には事前に協定すること

などを定めていました。

裁判所は、時間を限定し、かつ�，覆い鍬Ы蠶蠅了�由を必要としているのであるから、本件就業規則の規定は合理的なものというべきであるとしています。また�イ覆い鍬Ы蠶蠅了�由はいささか概括的、網羅的であることは否定できないが、会社が生産計画を適正かつ円滑に実施する必要性のあることなどから、これらの事由も相当性を欠くということはできないとの判断も示しています。

この判例を参考に考えると、就業規則、36協定に単に、「会社業務の都合上、残業を命ずることがある」と定めたのみでは、就業規則の定めに合理性があるとされることは困難でしょう。やはり上記のような時間外労働を命ずる具体的な事由を定めることが求められます。もっとも労基法施行規則16条は、36協定の協定事項として時間外労働を必要とする具体的事由、延長することができる時間などを定めていますし、これらの定めのない36協定については行政指導もなされますので、36協定が締結され、届け出されている場合には、通常は就業規則の合理性が認められるものと解されます。

なお36協定の締結・届け出がなされていても、親睦会の代表者が自動的に「労働者の過半数を代表する者」として協定を締結していた場合において、このような作成手続きは適法・有効なものとはいいがたく、当該36協定は無効であるとして、労働者に時間外労働をする義務はないとした判例があります（トーコロ事件＝東京地裁平成６年10月25日判決・労働判例662号）。従業員の過半数で組織する労働組合がある場合にはこの組合と36協定を締結することになりますが、そのような組合がない場合は、「労働者の過半数を代表する者」を民主的に選出することが必要です。

法定の労働時間を超えない範囲での残業（いわゆる法内残業）については36協定の必要はありませんが、前述したところと同様に、労働契約に残業を義務づける根拠があるか否かが問題となります。労働契約上の根拠の有無は、法内残業の場合も、就業規則の規定に合理性があるか否かによって判断されます。

パートタイマーの場合は、パートタイマーの就業規則に時間外労働についてどのような定めがあるか、さらに、パートタイマーの雇入通知書の時間外労働の有無の欄に関して、どのような通知をしているのかを検討する必要があります。仮に、就業規則に時間外労働を命ずることがある旨を定めていたとしても、この労働条件を上回る個別合意がある場合には、その合意が優先することになりますから、雇入通知書で所定時間外労働がないとした場合には、残業は命じえないことになるからです。

またパートタイマーについては、たとえば家事や育児、介護と両立させる必要から、短時間勤務であるパートを選んでいる（選ばざるをえない）といった事情があり、この点への配慮が必要でしょう。場合によっては、労働者の生活上の都合を無視した残業命令は、権利濫用として無効とされることがあると考えます。

労働者に時間外労働の義務がある場合に、これを拒否したのであれば業務命令違反として懲戒処分の対象となります。懲戒処分の軽重として何が相当かは、時間外労働拒否の態様、回数、時間外労働を必要とした理由など諸般の事情を総合して判断することになります。前掲の日立製作所事件では、残業拒否を理由に出勤停止14日の処分に付した後、これ以前にも何度か懲戒処分に付されたこと、この後も態度の改まらなかったことなどから、最終的には懲戒解雇とし、この懲戒解雇は有効と判断されています。

しかし労働者の側に時間外労働に応じがたい事由があるときなど、むやみにきびしい対応をするのは労務管理上問題があるでしょう。仮に時間外命令自体は適法・有効な場合であっても、きびしすぎる対応は懲戒権の濫用となり、当該懲戒処分が無効とされる場合があります。