就業規則などに「従業員は会社の行なう研修を受けなければならない」旨の定めがある場合には、この規定を根拠として、研修などへの参加を命ずることができます。またこのような規定がなくても、使用者は労働契約上、労働者に対して、提供すべき労働力の良質化、向上のために研修への参加を命ずることができます。その範囲も、現在の業務遂行に必要な技術などの習得に限らず、より広い範囲で知識、技能などの向上を目的とする研修への参加を命じることができるとされます（静岡鉄道管理局事件＝静岡地裁昭和48年６月29日判決・労働関係民事裁判例集24巻３号）。

ところで研修の時期、内容、方法は、原則として使用者の裁量的判断に委ねられていますが、この裁量も無制約のものではありません。労働契約の内容、研修の目的などに照らして、不合理なものであってはならず、またその実施にあたって従業員の人格権を不当に侵害することはできません。

裁判例としては、国労マーク入りのベルトを着用して就労した組合員に対して、会社が就業規則の周知、徹底のための教育訓練として就業規則全文の書き写しなどを命じたことについて、肉体的、精神的苦痛を与えるものであり、しかも合理的教育的意義は認めがたいこと、必要性を見い出しがたいことなどから、教育訓練についての裁量を逸脱、濫用したものとした例があります（ＪＲ東日本本荘保線区事件＝最高裁平成８年２月23日判決・労働判例690号）。

また精神修養のための講習会において、従業員が伊勢神宮参拝などを拒否したことについて、講習の課目として行なわれるものであっても、自己の信仰する宗教と異なる宗教行事への参加を拒むことは、権利として保障されており、なんら非難されるものではないとした例もあります（三重宇部生コンクリートエ業事件＝名古屋地裁昭和38年４月26日判決・判例時報333号）。

業務命令には、出向・配置転換を命ずるものから、日常の業務指示、職場秩序維持のための指示・禁止などさまざまなものがあります。しかしいずれもその根拠は、煎じつめれば労働契約に求められます。最高裁の判例も「労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがって使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる」（電電公社帯広局事件＝最高裁昭和61年３月13日判決・労働判例470号）としています。

そして就業規則も、規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて労働契約の内容をなしているものとされ（上記最高裁判決）、労使の合意である労働協約も労働契約の内容を規律するので結局、ある事項について業務命令として命ずることができるか否かは、労働協約、就業規則、労働契約の解釈によって判断されることになります。

ただし労働契約などに業務命令権の根拠がある場合でも、その権利行使が無制約にできるわけではありません。労働者に著しい不利益を与える場合や、違法・不当な目的のある場合にはそのような業務命令は権利濫用として無効とされることがあります。

労働者の生命・身体・健康はなにより重要なものであり、それゆえ労働安全衛生法などでは、使用者に対して危険防止のためのさまざまな措置を講ずるよう命じています。しかしたとえば高所作業、危険物の取扱いなど、状況によっては一定の危険性を避けられない業務もあります。その危険の種類、内容、程度が労働契約上、予想される範囲内のものであれば、そのような危険をともなう業務につくことも契約上の許諾の範囲内であり、就労義務はあると解されます。しかしその危険が予想の範囲を超える場合には、労働者はそのような危険をともなう業務を拒否できると考えられます。

この点に関して業務命令権の限界が争われた判例として、千代田丸事件（最高裁昭和43年12月24日判決・労働関係民事裁判例集22巻13号）があります。事案は、昭和31年当時、日韓の海底ケーブル修理のため、いわゆる李ライン内へ出航を指示したというものですが、裁判所は、アメリカ海軍による護衛などの措置がとられていたとしても、「かような危険は労使の双方がいかに万全の配慮をしたとしても、なお避け難い軍事上のものであって、海底線布設船たる千代田丸乗組員の本来予想すべき海上作業に伴う危険の類いではなく」その意に反して業務の強制を余儀なくされるものではないとしました。

担当職務の内容を細かく限定して労働契約を締結している場合には、決められた以外の業務は業務命令の範囲外ということになります。しかしわが国ではそのような契約はむしろ例外です。本来的業務以外のいわゆる付随事項、周辺事項についても、ただちに労働契約の範囲外とされることはなく、本来の業務を円滑かつ能率的に運営するうえで必要な関連性のあるものについては、労働契約で労働力の処分を許諾した範囲内のものとして業務命令をなしうるとされます（国鉄鹿児島自動車営業所事件＝最高裁平成５年６月11日判決・労働判例632号）。もっとも業務命令の範囲内の事項であっても、本来の業務と異なる仕事を命じた背景に、いやがらせや、みせしめなどの違法・不当な目的がある場合には、業務命令権の濫用としてそのような命令は無効とされます。

上記の国鉄鹿児島自動車営業所事件は、組合バッチを外さない者に対して、本来の業務から外して火山灰除去作業を命じた事案です。一審二審は業務命令権の濫用があるとしましたが、最高裁は、火山灰除去作業も「鹿児島営業所の職場環境を整備して労務の円滑化、効率化を図るために必要な作業であり」（つまり業務命令権の範囲内の事項である）、「また、その作業内容、作業方法等からしても、社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものといえず」「不利益を課するという違法・不当な目的でされたものとは認められない」（つまり権利濫用にもならない）として、業務命令を有効としています。

一方、業務命令を違法とした例としては従来、衣服の手入れ、包装などの業務に従事していたパートタイマーに対し、雇止めをめぐるトラブルの後、草取り、門の開閉、ガラス拭き、床磨きなどの雑務を命じたことについて、従来の業務とまったく関連性のない雑務であること、このような雑務のみに従事させられた者がほかにいないことなどから、みせしめのためにさせたとしか解しようがないとして、当該業務命令を違法とし慰謝料の支払いを命じた例があります（平安閣事件＝最高裁昭和62年10月16日判決・労働判例506号、東京高裁昭和62年３月25日判決・労働判例506号）。