管理職への昇格も、病医院の人事権行使のひとつであり、業務命令として発せられるものです。したがってこれを拒否する場合には業務命令に違反するものとして処分の対象となります。

もっとも人事権の行使といえども権利濫用となる場合があり、そのような場合は昇格拒否を理由とする処分は無効となります。昇格の場合は転勤命令などと異なり、通常は利益になるものと考えられますから、権利濫用とされる場面は少ないと思われますが、不当な動機・目的のある場合には、昇格といえども権利濫用とされる余地があります。

昭和産業銀行事件（京都地裁昭和39年６月19日判決・労働関係民事裁判例集15巻３号）は、組合役員に対して支店副長から次長へ昇格させようとした事案ですが、当該労働者は、次長に就任すると組合員資格を失うためにこれを拒否しました。銀行は業務命令違反を理由としてこの者を諭旨退職処分としましたが、懲戒権の濫用であるとして諭旨退職無効とされています。

労働組合法７条は、不当労働行為の類型を定めています。大別して、不利益取扱い（１号）、団体交渉拒否（２号）、支配介入（３号）が不当労働行為として禁止されています。

組合の活動家を管理職に昇進させて組合員資格を失わせたり、「栄転」させて、その活動を著しく困難にするような事業所へ配転することも、不利益取扱いとして不当労働行為に該当する場合があるとされます（関東醸造事件＝東京高裁昭和34年４月28日判決・労働関係民事裁判例集10巻２号）。雇用契約上は、地位や待遇が向上することになり、なんら不利益な扱いではないのですが、組合活動上の不利益があるので、この観点から不利益取扱いの不当労働行為とされるのです。また組合活動に支障を生ずるという点で、組合との関係で支配介入の不当労働行為も成立するとされます。

もっとも不当労働行為が成立するためには、不当労働行為意思が必要です。組合活動を嫌悪して反組合的な意思で不利益取扱いをした場合でなければ不当労働行為とはなりません。この点について津田電線事件（大阪高裁昭和53年３月10日判決・労働経済判例速報997号）は、組合活動家を組合員資格のない管理職に昇進させることに具体的な業務上の必要性がないとしても、それだけでは不当労働行為意思があったとはいえないとしています。日頃の労使関係にもよりますが、昇進に名をかりた組合つぶしとみられるような事情がないかぎり、通常は不当労働行為に該当することはないと思われます。

他の病医院に職員（管理職）の立場のまま出向するのであれば、就業規則などの出向規程を根拠に業務上の必要性にもとづいて出向を命ずることができます。しかし役員として出向する場合については、これを命ずることができるとする見解と、あくまで同意が必要であるとする見解があります。

役員出向を命ずることができるとする見解は、病医院社会の実情や雇用慣行に根拠を求めるものです。これら慣行等に照らして、出向規程が「出向を命ずることができる」と定めている「出向」のなかには当然、役員出向も予定されており、したがって右規程にもとづいて出向を命ずることができるとするものです。たしかに実情として、一般にそのような運用がなされています。

一方、役員出向にはあくまで個別同意が必要であるとする見解は、取締役として重い責任と義務を負うことは、就業規則に定める出向の包括的合意の予想外の事態であり、したがって個別の同意が必要であるとするものです。取締役は株主総会で選任されて病医院と委任関係に立つものであり（商法254条）、商法は取締役について、職員とは異なる重い責任と義務を定めています（商法264条、265条、266条、266条の３など）。取締役は株主代表訴訟の対象となって何億円という賠償責任を負うこともありえます。就業規則の出向規程を根拠に、業務命令によってこのような責任とリスクを負わせるのは相当とはいいがたいと思います。他の病医院への役員出向に際しては、やはり個別の同意を要するというべきでしょう。なお病医院役員賠償責任保険などの配慮もすべきだと思います。